株式会社 丸本組は「空から見える、いい仕事。」を目指し 新しいふるさと創り 新しいまち造りに 挑戦しています。

株式会社丸本組

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企業情報

会社沿革

1946 年(昭和 21 年)5 月
丸本組創立
1947 年(昭和 22 年)4 月
株式会社丸本組に改組
1951 年(昭和 26 年)4 月
宮城県知事より建設業の許可を受ける。
1952 年(昭和 27 年)9 月
はじめての公共土木工事として、日蕨川(女川町)の護岸工事を、宮城県より受注する。
1955 年(昭和 30 年)8 月
女川町より江島漁港突堤工事を受注し、海上土木工事に進出する。
1960 年(昭和 35 年)8 月
石巻市湊田町に瀝青混合所を建設し、舗装工事に進出する。
1960 年(昭和 35 年)9 月
宮城県より、宮城水産高校屋内体育館新築工事を受注し、建築工事に本格的に進出する。
1960 年(昭和 35 年)11 月
10 トン吊の非航二又船(木造)を購入し、第一幸丸と命名する。
1966 年(昭和 41 年)9 月
本社社屋を、石巻市石巻赤土山下より、石巻市八幡町に移転する。
1976 年(昭和 51 年)8 月
業務の拡張に伴い仙台支店を開設する。
2000 年(平成 12 年)9 月
ISO9002 取得
2001 年(平成 13 年)10 月
ISO9001 取得
2003 年(平成 15 年)3 月
ISO14001 取得
2003 年(平成 15 年)4 月
女川営業所開設
2005 年(平成 17 年)2 月
矢本(現東松島)営業所開設
2008 年(平成 20 年)12 月
石巻北・南・建築事務所を統合し、石巻事務所開設。
2011 年(平成 23 年)3 月
東日本大震災の津波被害により石巻市八幡町の本社全壊
2011 年(平成 23 年)4 月
本社を石巻市開成に移転
2013 年(平成 25 年)6 月
石巻市蛇田に本社社屋建設・移転
2015 年(平成 27 年)12 月
OHSAS18001取得
2016 年(平成 28 年)3 月
仙台支店移転

創業のころ

昭和20年9月末アメリカ軍が松島飛行場に進駐し、滑走路の修復と新たに1,300mの滑走路急造のため、割栗石5万m3・砕石5万m3の調達を宮城県に対し命じた。しかも僅か半年以内に石巻の五松山から納入という厳命であった。当時、新円が発行され経済界は大変革の時代に直面し、今後の見通しもたてられず宮城県土木部に登録されていた大手土木業者もこれに応ずる者がなかった。県はやむなく大林組特命とし山本義一(創業者)がその下請として昭和21年5月13日からこの事業を行うこととなった。輸送は石巻~矢本間を毎日9時、11時、2時の3回指定貨物列車「10屯車(トロ)4輛、15屯車(トム)4輛、17屯車(トラ)3輛、計11輛」で行われ積み込みがなくても出発し、運賃は荷主負担というものであった。動員署(現在の職業安定所)の協力のもとに採石に経験のある者300名を動員し、石巻・稲井の採石業者と石巻に二つあった馬車組合も懸命に働き、納入を軌道にのせることが出来た。また、その年は幸い晴天に恵まれ、進駐軍もダンプ8台にコンプレッサー車等を、毎日繰り出し、作業は順調に進んだ。このようにして、この初めての仕事は成功したのであるが、これが丸本組の始まりで、山本義一の決断の賜であった。その後、大林組から飛行場の敷地盛土工事、日本鋪道・鹿島建設から骨材納入やガソリンタンク埋設工事等の土木工事を下請けするようになったのである。